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▼Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書):詳細

Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書)

Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書)
烏賀陽 弘道(著)

▼クチコミ情報

・「J-POPの研究書として
著者がアメリカから帰国して耳にしたJ-POPという新しい言葉。それについて、徹底した調査を行ない、それがJ-WAVEの企画において作られてことを突き止める。さらに、日本のポップがメディアやオーディオ機器の移り変わりに伴ってどのように変化してきたかということについて、厳密な資料に基づいて、その歴史を述べている。しっかりした研究書として評価される本だと思う。

・「Jポップ改革のために
先に出版された『Jポップの心象風景』の姉妹編とみてよいが、どちらも傑作である。古臭い表現で申し訳ないが、前著がJポップの「上部構造(文化・宗教的な面)」をおもしろおかしく解釈した本であったのに対し、本書ではその「下部構造(社会・経済的な面)」が、ジャーナリズムの生命である豊富な取材に裏付けられながら、見事に分析されている。もっとも、書き方をちょっと固くすれば、Jポップをテーマにした現代社会学の力作、というのでも十分に通用する。すごい水準の高さである。しかも、なんともたのもしく感じてしまうのが、著者の音楽に対する価値観である。昨今の肥大化しすぎてしまったJポップ産業のパワーは、「人々の心に響くうたをつくろう」という理想の芽が育つのを、阻害しているのではないか、と著者は一音楽ファンとして、憂えているのである。こういう誠実な思い、共感することのできる業界関係者ができるだけ多くいてくれることを、ひとりのJポップ好きとして、願いたい。

・「J-POP本の金字塔
と言っても過言ではないかと。前作の『Jポップの心象風景』(文春新書)は試論として妄想チックで興味深かったですが、今作はJ-POPを総合的に検証した本として、非常にできがヨイです。すごい!前作でも感じた筆者の取材力も健在で、J-POPをここまでジャーナリスティックに極めた本はないのではないのではないでしょうか。ハードの進化がソフトを劇的に変えた、というくだりなどは、音楽およびオーディオマニアではない私でもなかなか興奮できました。今の20代~40代はまさにJ-POPと共に成長した世代ですが、同時代史としても充分面白く読める、という点もポイント高いですよ。

・「外国に対する「モノマネ意識」や「コンプレックス」がないことの問題
 「モノから文化へ」っていう資本主義の進展、それと呼応するかのような若者たちの「自己表現ブーム」って文脈の中にJポップ現象を位置づけた分析は的を射ていると思う。レコード→CD→カラオケ→着メロっていうハードの変遷や女子高生マーケティング、90年代のJポップ・バブルと新世紀に入ってからの凋落の兆しまで、この10数年のJポップに纏わる重要な事象、問題点はほぼ抜かりなく網羅している。「これ一冊で1つのテーマを概観」って新書のニーズには120%応えている内容だ。 ひとつ違和感を覚えたのは、“「日本のポピュラー音楽が外国と肩を並べた」というファンタジー”ってやつ。思うにそんなファンタジーは、Jポップの出現と軸を一にして消滅したのであって、今の状況って「外国」が意識の中に無いことこそが問題なんじゃないだろうか。つまり、Jポップが洋楽の代用品って感覚を持ってるのは30代以上のおじさん、おばさんであってさ。今や音楽に「洋楽」「邦楽」は無くて、極端に言えば、音楽=「Jポップ」なのであり。こうした傾向って音楽だけではなく、2006年は20数年ぶりに邦画の興行収入が洋画を上回った、なんて話題もあった。タカアンドトシに「欧米か!」ってツッこまれてはじめて、それが欧米由来のモノだって気づくくらい、今って一見、外国に対する「モノマネ意識」や「コンプレックス」ってないよね。本書でも、あまり厳密に捉えていないのが、「J-WAVE」vs「TOKYO-FM」や、「渋谷系」vs「ビーイング系」の対立構図で、前者には外国に対するコンプレックスの自覚があるのに対し、後者はある種の開き直りなんだよね。結局、Jポップ現象って言うのは「外国」を無いものとしてごまかした後者の開き直り組が中心に居た訳でさ。まぁ日本人は「外国には一切無関心。頭には自国しかない」って姿勢を何十年もかけてアメリカから学んだのかもしれないね。

・「緻密な分析に脱帽
「Jポップって、日本製のポピュラー音楽でしょ」という単純な話ではない。Jポップという言葉が生まれた背景と、実体を持つまでの過程、そして現状を、社会状況を交えながら、豊富なデータを基に分析している。なるほど、これがJポップなのだ、と大いに納得した。緻密な分析には多少疲れる部分もあったが、読後感は爽快だ。

・「J回帰の社会背景
 1963年生まれの、コロンビア大学に留学した(核戦略)元朝日新聞社記者が、日米におけるJポップ認識の落差をきっかけに、「グローバル対ローカル」という座標軸の好例として、日本のポピュラー音楽に現れた日本の社会構造の変化を解き明かそうとした、2005年刊行の新書本。Jポップという呼称は、未だ明確な定義も無く、それによって表されるような音楽上の動きすら無いまま、「日本の土俗的な要素と決別し、世界と肩を並べたという商品イメージ(ファンタジー)を、日本の音楽産業によって付与された雑多な音楽」の呼称であり、1990年代初頭に普及した。その背景として著者が挙げるのは、アナログからデジタルへの技術的な転換(CD等)、テレビとのタイアップ、インターネットという新メディアの登場、「モノから文化へ」と呼ばれた消費文化の転換である。デジタル化は演奏・作曲から手作業を激減させ、作り手と聴き手の範囲を拡大し、音楽を消耗品化・画一化した。テレビとのタイ・アップは企業の広告費を音楽産業へと流して後者の巨大産業化を助長し(Jポップ産業複合体)、またミュージック・ビデオなどを通じて音楽を視聴覚化し(踊りとのセット、ビジュアル系)、メディア・キャラクター型スターの輩出と自己検閲の増加と「メガ・ヒットか無名か」の二極構造を帰結した。また消費文化の転換は、カラオケ、バンドブーム等の形をとった強迫的な、商品化された自己表現ブームをもたらし、全国総渋谷化現象と連動して、Jポップの普及に大きな役割を果たした。しかし現実には、Jポップは世界第二位の音楽消費国日本の内部でしか通用しない音楽であり、また1999年以降、その繁栄にも翳りが見えている(販売不振、政治との癒着等)。著者は音楽の「製品内競争」の必要性を説いて筆を置いている。J回帰の背景を多角的に、その意義と限界を見据えつつ分析している本書は、非常に興味深い。

・「もしかしてこれは、留学経験者の日本回帰の一形式ではないか?
 すでに指摘がある通り、技術革新が音楽の世界をどう変えたかを多様なファクターを考慮しつつ分析した内容で、「Jポップ」はその一挿話でしかない。その意味でタイトルの適切性は疑問だが、非常に興味深い本であるのは間違いない。 ただ根っこの部分で、私はこの本に物足りなさを感じる。 例えば第3章で、広告とのタイアップにより音楽は「その表現の自由のかなりのレンジを放棄しなくてはならない。広告が持つ表現上の制限を受け入れることを覚悟しなくてはならない」(p103)と論じられる。しかしその直前で「筆者は『音楽が企業の営利活動と手を結ぶことそのものが商業主義で許されない』というような原理主義的な芸術至上主義には、賛同しない」と留保を忘れていないし、直後のシメの言葉も「これは、広告が表現の自由に敵対するという意味ではない」「広告表現と音楽表現は、そもそも最終目的がまったく違う、というにすぎない」…しかし、これだけ言った後で「すぎない」はヌルすぎないか? 他にも「日本人が英語で歌うことの是非はここでは問わない」(p160)、「音楽家が政府行事に協力することの是非については、本稿では立ち入らない」(p218)などの言葉に、私は慎重さより、むしろ主題に対する熱のなさを感じる。 あとがきで著者は、Jポップは日本人である自分とは何者かを考えるための「ごくささやかな入り口」と述べている。これだけ広汎な分析を繰り広げながら、著者の視線は自分自身に向かっている。それが主題に対する切実さの欠如につながっているのではないか、と思う。

・「構造は良く分かったが...
 日本の音楽産業の構造とその問題点は非常によく分かるが、構造には必ず問題がくっつくものだ。 本書に「タイアップなどなくとも、人々の心に響くうたをつくろう」と書かれてあるが(P.228)、たぶん一般的にミュージシャンは人々の心に響くうたをつくったからタイアップをしてでも人に聴いてもらいたいと考えるのだと思う。 洋楽だけを聴いてプロになった‘渋谷系’と呼ばれるミュージシャンは日本どころか海外においてもそれほど売れていないのは何故なのか。海外のミュージシャンとのコラボレーションの多いコーネリアスはポップミュージックより現代音楽に接近しつつあるのは何故なのか。英語に流暢な宇多田ヒカルは間違いなく箔を付けるためではなく本気で全米ヒットを目指して「EXODUS」を制作したと思うが、結果が惨敗だった理由は何なのか。「ULTRABLUE」を聴くかぎり才能が枯れたとは思えない。日本のミュージシャンの英語歌詞に問題があると書かれている(P.158)。私は未だに「I can't get no satisfaction」というフレーズを聞く度に違和感を持つが、それはミック・ジャガーではなく私が悪いのか。著者に今後求められるものは、本書で展開したような構造から外れる部分に関する考察だろう。 正月のテレビのバラエティー番組を見ていて、日本人は本当に‘モノマネ’が好きで、‘モノマネ’こそが日本人にとって共感のツールなのではないかと私は思った。

・「タイトルが不適切
「Jポップとは何か」という問いは成立しない。なぜなら、「Jポップ」に実体はないからだ。

今まで「歌謡曲」とか「ポップス」と呼んでいたものが、なんとなしに「Jポップ」に変化した。入れ物が変わっただけで中身は同じ。つまり、「Jポップとは何か」の問いに答えることは、「日本の音楽産業はどういうものか」に対する答えと同様となる。

したがって、本書の内容は「1990年代における日本の音楽産業の特徴および変遷」である。「Jポップとは何か」などという問いを立てる必要はなかった。

・「その後
そしてこの本の分析した時代のあとに、オレンジレンジというJポップ界の救世主が出てくるわけで。この本の中で「通用しなくなった」という手法を全て焼き直し、なおかつ「新しい音」(パクリがどうこうとか低次元な話ではなく)を作っている。本書で最後に出てくる「心に届く音」というのは、あまりに曖昧なので言及するに値しないが、音楽業界は手を変え品を変え「心に届かせる音」をつくり続けていると思う。

それとこれも「通用しなくなった」と認定されてる、テレビとのタイアップだが、現在、アニメとのタイアップが有効的な手法と考えられ、熱い分野になっている。

Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 (岩波新書)
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