・「”歴史は科学ではなく文学である”と言い切っている明快な思想が新鮮であった」
歴史学の定義と方法についての著者の明快な思想は知的魅力に富んでいる。「歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、叙述する営みのことである」という著者の定義は、その背景に存在を想像させる合理的な方法論を含めて納得させる。また、著者は「歴史は物語であり、文学である。言いかえれば、歴史は科学ではない。」と言っている。これは著者が考古学は歴史ではないと言っていること以上の内容を含んでいるに違いない。この明快な定義と合理的な方法論に基づく歴史解釈の内容に、今までの歴史常識と異なっているところを発見するた度に爽やかな興奮を覚える。歴史とは歴史家によってこんなに違うんだ!。
・「“よりよい歴史”づくりのため既成の歴史観を根底斬り」
「歴史とは、人間の住む世界を、時間と空間の両方の軸に沿って、それも一個人が直接体験できる範囲を超えた尺度で、把握し、解釈し、理解し、説明し、叙述する営み」と始め、歴史家は「普遍的な個人の立場」から豊かな人格・個性で「歴史的真実」目指し「一貫した論理で」「よりよい歴史」を描く、と結びます。本論はその実体たらんとする著者が、主たる既成の未熟な歴史観をその全体に及んで根底から斬ります:1)日本文明は七世紀に中国文明から独立し誕生(これから神武天皇に遡る歴代天皇は神話で“悪い歴史”)、日本書紀が産んだ独自の万世一系の正統天皇思想と、鎖国・反中国のアイデンティティをもち、その中国正統史観に対するもう一方の大潮流・西欧変転史観を明治維新時に丸呑みして歴史認識混乱;2)「国民国家」の起りは王の財産の市民所有化闘争で、十八世紀末の米独立・仏革命に現われ(僅か二百年余り前から。従ってこれ以前の歴史を国家や国民の枠組みで叙述するのは時代錯誤)、軍事的強力さを背景に拡大、大規模戦争の勃発とともに同政治形態が世界史の現代を特徴化したが、今日終焉傾向。この歴史の国境撤廃傾向も興味深いが、善悪の道徳的判断と功利的価値判断を始め、従来の人為の錯覚による“悪い歴史”認識排除を強調する余り、世界を“無数の偶発事件の積み重ね”のように人間本性無視の無機的描写に収斂させ論ずるのには閉口。神前平等と民主主義の生活・社会的価値観全否定は論議を呼ばざるを得ないでしょう。それでも3)分家と看做していた日本に日清戦争で敗北した後、日本型「国民国家」目指した現代中国、またその思想ゆえのチベット・内モンゴル・新彊ウイグルの各自治区人権侵害、の説明にも論理一貫。また、粘り強く本質を追究する“よりよい歴史”づくりの不断の努力が、最終的には人類各人の相互理解の土台を築いてゆく、との趣旨も希望的。
・「歴史と言うものを基本から考え直す」
■直進する時間の観念■時間を管理する技術■文字■因果律の観念
以上が、著者言うところの歴史を成り立たせる4つの要素であり、このうちの一つでも欠ければ歴史は存在しない。例えば、輪廻・転生の思想を持つインドでは、人間界だけでの因果関係が成立しないので、歴史のない文明だったそうである。
また、国民国家がなかった時代を国民国家的視点から捉えてしまうと言った、犯しやすい過ちも指摘されていて、歴史と言うものを考える上で非常に参考になる著作である。
・「目から鱗が落ちる、とはこの本のことか。」
『この厄介な国、中国』を読んで以来、岡田教授にはまっています。執筆時期としては最新の本書は、岡田史観が縦横に展開された、実にエキサイティングな読み物。私がもっていた、教科書史観が小気味良くひっくり返され、爽快そのものです。
一般史書が決して書かない、根本的な問題について、正しいかどうかは分かりませんが、筋の通った雄大な理屈と視点を与えてくれます。例えば:
・インド文明には歴史がない・資本主義はモンゴル帝国が世界に広めた・フランス語は人工的に作られた言葉・日本は幕末までずっと鎖国をしていた・朝貢の本当の意味と中国の覇権主義・現代中国語は日本語から作られた
ただ「よい歴史」とは何か、についてはさすがに風呂敷を広げすぎて論理が破綻していますが、まあご愛嬌。保守本流歴史家がこの本をどう見ているか、訊いてみたいものです。こんなもの歴史ではない、「ファンタジー」だと切り捨てられるのかな。お勧め。
・「良書だが、読書案内が欲しかった」
文化や時代が違えば歴史観の基礎が異なる。現代の国家観で歴史を見ると誤りの原因となる。といったことを様々な例で教えてくれるユニークな良書。無意識的に歴史に抱いている概念が実は普遍的なものでないことに気付かされる。
少し残念なのは、新書という制約のせいか、一部説明不足に感じるところがあることだ。同じ著者による本、『倭国』(日本古代)や『世界史の誕生』(モンゴル帝国と世界史)、『皇帝たちの中国』(中国史)、『この厄介な国、中国』(中国近現代)などを読んで後から納得した所もある。また、君主制について日本の例しか挙げていないが、例えばチベットのダライ・ラマ制度との類似制によって、より納得できることを注記しておきたい。詳しい議論のための読書案内が欲しかった。
・「歴史好きへの必読書」
歴史に少しでも興味のある方には必読書といってよいでしょう。新書という制限があって、誤解を与える部分もあるかも知れませんが、まさに目から鱗が落ちる指摘に溢れています。不透明な現代の政治、経済、教育、はては物の考え方まで、思いめぐらせるきっかけを得ました。単に過去から教訓を得る歴史から、もう少し広がりを持った歴史の効能に気付かせるという意味で、必読書と言えるでしょう。
・「「歴史とはかくも面白きものなり」と気づく私。」
そもそも「歴史」なんて誰かが都合よく「改ざん」し続ける眉唾物だ、という先入観をぶっ飛ばす名著。「新鮮な視点」を自分の脳にダウンロードしましょう!
・「やはり歴史は難しい」
学校で「世界史の臨界(西谷修)」をやったのでついでに読んでみた。
多くの人は「歴史=過去の事実」と思っているのだろう。しかし、歴史というのは編纂者によって都合のいい事例のみを取り上げたもので、決して客観的なものではない。歴史解釈も都合よく行われるもの。
そうした視点から歴史を見て、さまざまな具体例を挙げ、私達の常識をひっくり返す。
ただ、「世界史の臨界」もそうだが、歴史の成立条件に「文字」を置くことについては、私は賛成しない。そう思ったら「ラディカル・オーラル・ヒストリ(保苅実)もあわせて読んでみて欲しい。
・「中国人はいなかったって意味わっかるかなあ〜?」
新書というのは広く一般向けに書かれている訳だから、これまでの氏の著作の再構成と言ってもよいでしょう。ここで言う19世紀初頭まで中国人はいなかった理由とは、歴史における宣言他ならなくて、辛亥革命を経て初めて中国人を名乗った訳だから、それ以前は中国じゃないんですね。独立して初めて国家や民族を僭称する訳ですから。そのとき国や民族は己れの正当性を証明せんがためにウソをつき始める訳です。
・「すべてを疑う、ということを教えてくれる点で「よい本」と言えます。」
かなり強引なところや、恣意的に感じる点はあるものの、前半はどんどん惹き付けられて読みました。
ところが、後半部の「天皇陛下が姿をあらわせば、それは日本の歴史そのもの」と見出しのあるくだりを読むに至って、ガックリと失望させられました。
それまで、客観的な筆致を保ち続けていた著者が不意に「天皇」に対して尊敬語を使い始めたのです。これには異様な感触を覚えました。われわれ戦後に生まれ育った世代の者にとって、「まともな歴史家」が文章を書く際に、天皇に限って敬語(尊敬語)を使うなどという奇妙な現象は考えられないことだからです。
これで、それまでの「まともな」文章の底が割れてしまったような気がいたしました。もちろん、それ以前の章も批判的に読んで来たつもりなのですが、ここに来て著者の「民主主義批判」「君主制擁護」とも受け取れる主張の真意が理解出来たような気がいたしました。
そこで筆者の、何かを書くときには必ず「個䡊ººの好みが入る」「なにか動機がある」という結語中の言葉が重みをもって来るわけです。つまり、この本を含めてすべての書物およびその内容に疑いを投げかけなくてはならない、という非常に重要な事実に読者は改めて気付かされるわけですから。その意味において本書を読んだことは決して時間の無駄ではなかったと感謝して居りますし、また著者の「歴史家がめざすものは、真実、それも歴史的真実だけだ」との主張には大いに共鳴いたして居ります。
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