● 黒澤明を楽しむ
・「一番好きな作品です。」
黒澤明監督の作品はすべて持っています。その中でも一番好きな作品です。二番は、虎の尾、三番、用心棒あと、赤ひげ、生きもの、酔いどれ天使、乱、と続きます。ビデオ、LD、DVD、ブルーレイと視聴環境は良くなっているにもかかわらず、ソフトの値段が如何せんまだ高いのが現状です。私はマスターワークス3巻計約13万その他は単品で揃えましたのでそこそこ高い買い物でしたがいつでも好きな時に観れるので、無理をして購入しましたが、考えますと作品自体もう40年50年前のものです。内容が古いというのではなく、せめて普及版でお求め易い価格なら1500円が妥当なところでしょう。定価3990円なら半年前の洋画の新作の値段だと思いますが如何でしょう。アメリカと比較するのは良くないですが、新作でも10ドル位で買えます。まあ、世界規模ですから安くできると云えなくもないですが。名作を安価な価格で沢山売る事がメーカーの務めだと思いますが。一考お願い致します。
・「西洋的人間観と日本的様式美が融合した戦国時代絵巻」
原作は、ご存じシェークスピアの「マクベス」。シェークスピアの「マクベス」や「乱」のもとになった「リア王」は日本人からみると情が感じられない。でも、その分、人間の持つ本質を鋭く突いています。この作品のテーマは、人間の業(ごう)。ヨーロッパでは、人間はどうしようもない存在、と考えてるんでしょう。だから、あの「羅生門」もヨーロッパで評価が高いのでしょうね。
勧進帳をもとにした「虎の尾を踏む男達」と観比べると面白いと思います。
・「黒澤映画の中でも屈指の傑作・音の使い方の巧みさ・山田五十鈴の演技の凄さ」
言わずと知れた、シェイクスピアのマクベスを見事に日本の下克上の時代に翻案した、黒澤明監督映画の中では私にとって五指に入る傑作中の傑作。シェイクスピア劇の映画化では「乱」(リア王)を凌ぐし、武将が主人公の映画では「影武者」より確実に上だ。ストーリーが面白いのは当然として、どの画面も隅々まで計算つくされた構成、霧や森の中の雨等を見事に捉えた撮影、物の怪の予言に呪縛された三船敏郎・山田五十鈴の夫婦が城主の座の簒奪を決意する夫婦だけの場面での心理劇の組み立て、何れも非の打ち所がないが出来栄えた。三船敏郎の演技にはいつものことながら魅了されるが、ここでは映画史上に残る、ラストのシーンの迫力を指摘しておく。半端な数ではない矢が次々に三船の身体すれすれに飛んできて板壁に突き刺さる。この仕掛けには脱帽だ。
そして、本作では画だけでなく、音の使い方の巧みさにも注目すべきだ。山田五十鈴が室内を歩く時の衣擦れの音、鳥の声、木を切る音等が緊張感をもたらす。さらに、他のレビュアーの方が指摘しているように、山田五十鈴の静かな所作は本作で見落とすことが出来ないポイントだ。三船敏郎演ずる主人公を悪事に誘う魔性がその所作に滲み出ていて圧倒される。その山田五十鈴が幻の血におびえ錯乱する場面の鬼気迫る演技。山田五十鈴なしでは本作がここまで完成度の高いものにはならなかったかただろう。それくらい本作での彼女の果す役割は大きい。
・「結構最後が・・・」
あまり最後がよくなかったような。できればハッピーエンドで終わってもよかったのではないかと。
・「声のすごさ」
三船敏郎の野太い声。山田五十鈴の地を這うような声。この二人の声の対比がスゴイ。そういえば浅葱(五十鈴)の声はどこか森の老婆に似ている。独特の間もあいまって鷲津と奥方の会話は今聴いても怖いです。白黒の所為か画面の闇は本当に暗くそして追いつめられていく鷲津の生の執着の生々しさ。ラストの無常観もいい。一人で見ているとその虚無感に圧倒されます。落ち込んでいる時には絶対見ないください、これ本当!!
・「黒澤明が画家であった事を思ひ出させる傑作」
−−私の印象では、『蜘蛛巣城』は、黒沢明の全作品中、彼が若き日に画家であったということを、もっとも興味ふかく思い出させるものであると思う。(佐藤忠男著『黒沢明の世界』(三一書房・1969年)206ページより)−− 黒澤明監督は、永い間、カラー作品を撮ろうとしなかった。それは、カラー映画と言っても、1960年代前半までのカラー・フィルムに黒澤監督が不満を抱いて居た事も一因だったろう。だが、それ以上に、黒澤監督は、白黒映画の美しさに魅せられて居たから、白黒映画を作り続けたのだろうと、私は思って居る。 この映画の始めの部分で、マクベスである鷲津武時(三船敏郎)と三木義明(千秋実)が、雨の中、森で迷ひ、物の怪の出会ふ場面の美しさは、言葉では表現出来無い物である。又、鷲津が、矢を浴びる最後の場面の鮮烈さも、一度見たら一生忘れる事の出来無い物である。 この映画は、完成間も無い頃、イギリスで、アン王女を招いた国立映画劇場のこけら落としに上映されたのを皮切りに、シェイクスピアの国イギリスを含めた欧米各国で絶賛され続けて来た。その理由は、単なるエキゾティシズムではなく、ヨーロッパの古典文化と日本の古典文化が持つ精神的な共通性が、多くのヨーロッパ人に、この映画から伝わって来る日本の自然と古典文化の深さへの共感を抱かせた結果であったと、私は思って居る。この映画は、日本の誇りである。
(西岡昌紀・内科医)
・「シェイクスピア映画の最高峰」
黒澤明は海外古典文学の翻案ものが多い。本作品と「乱」はシェイクスピア、「白痴」と「赤ひげ」の一部はドストエフスキー、「どん底」はゴーリキーと言った具合である。
シェイクスピア、ドストエフスキー、ゴーリキーと並べると 読書家としての黒澤は まあ普通の海外文学好きといった感じであまり個性的ではない。
但し 当たり前ながら 我々が黒澤に期待しているのは文学評論家としてではなく 映像作家である。映像作家として 見てみると いずれも忠実かつ大胆な翻案であり 舌を巻くしかない。
本作「蜘蛛巣城」は黒澤の翻案映画中の最高傑作であり 黒澤映画の中でも5本の指には入ると思われる。広く世界を見回しても シェイクスピアの映画化された中でも ずば抜けた傑作ではないかと思う。これは 同じ日本人の贔屓だけではないと思う。
これは 賭けても良いが 天国で 沙翁(シェイクスピアを漢字で書くとこうなる)も 本作品に対しては 大満足しているはずである。このように自作が映画化されて21世紀に観られているという点に大きくうなづいている姿が見える。いや、嫉妬しているかもしれない。
・「山田五十鈴の静と三船敏郎の動。」
山田五十鈴の動きが印象に残る。 体を揺らさず すーっと静かに動く。こわい。 静かなこわさ。静かな緊張感。 三船敏郎の最後の激しい動きの中でのこわさと対照的。 閉塞されたひろがりを持たない思考に囚われた人間の話。
・「黒澤時代劇の異色の傑作」
黒澤明はしばしば古典文学の映画化を試みるが、シェークスピアの作品を時代劇にアレンジした「蜘蛛巣城」(マクベス)と「乱」(リア王)はいずれも成功していると思う。ロバート・アルトマン監督の「ザ・プレイヤー」の中で脚本家が、「ここは蜘蛛巣城のタッチで」でなんていうセリフもあったくらいだから、海外の映画人に与えた影響も大きいのではないだろうか。 森が動いていく所や、山田五十鈴の手洗いなど、映像的に優れた場面が多々あり、黒澤明が娯楽時代劇の名手だけではないことがわかる。出演者では山田五十鈴の不気味な演技も凄いが、最後の無数の矢が飛んで来る中での三船の狂乱も凄まじく、首を矢が貫通するショットは忘れがたい。
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