この自由な世界で [DVD]
ケン・ローチ(監督), キルストン・ウェアリング(俳優), ジュリエット・エリス(俳優), レズワフ・ジュリック(俳優), ジョー・シフリート(俳優), コリン・コフリン(俳優), レイモンド・マーンズ(俳優)
・「ベタな人情物語ではとてもかなわないリアリズムの力」
ケン・ローチ、この人は筋が一本通った映画の作り方をしています。低賃金労働者、移民、ブルーカラーなどのいわゆる貧困層、社会的弱者の立場から映画を撮り続けている。それは、最初からずっと徹底していてブレがない。この監督には本当に頭が下がります。
決して作り物やお涙ちょうだいの世界ではなく現実を直視し、リアルな目線で描かれた世界は力強く説得力があります。有名になった現在もリアルティを出すために名のある俳優は決して起用せず一貫して無名俳優(時には本物の労働者や移民)を使うあたりも徹底している。
そして何よりすごいのがリアリティを追求した映画がおちいりがちな生真面目なゆえのたいくつさがみじんもない事。
「ちゃんと映画として面白いんです!」
映画として面白い。それがケン・ローチが実力派の映画監督として一目おかれる所以でしょう。それもリアルなゆえの面白さ。決して人ごとじゃないって気になってくるんですね。テレビのドキュメンタリーとか見ていてその先が気になって(好奇心と心配から)最後まで引きずるように見てしまうのにも少し似ている。
特にこの映画の主人公アンジーの立場は結構日本の現在の若者の多くにも通じるところがあってかなり共感を持ってみれるんじゃないかと思います。
派遣を繰り返し、一向に貯金もたまらず年ばかりとり、将来に不安を感じる主人公のアンジーがある日、このまま搾取されるばかりで人生終わらせたくないと自分も搾取する側の立場になりたいとある時移民相手の労働派遣事務所の設立を思い立つ。同じように大学卒業の高学歴を持ちながらあいかわらずコールセンターの派遣の仕事をしている友人のローズをさそい早速事業に着手するも普通の女の子であった彼女達の無謀とも思える挑戦と生身の人間を相手にする仕事に対しての甘さ、自分カワイさに欲にくらんでいく様子などにハラハラ、ドキドキ。物語の行方が気になって最後まで一気に見てしまいます。そしてたどり着いた先は見まごう事なき現実世界・・・・。
蟹工船を読むのならこちらの方が現代の社会で生活している者としては絶対的なリアリティで迫ってくる物としておすすめです。
・「この不自由な世界で」
2006年カンヌ・パルムドールに輝いたケン・ローチの最新作は、ポーランドやイラン、ウクライナなどからロンドンに流れ込んで来る移民労働者にスポットを当てている。『麦の穂をゆらす風』における今までの方向性からはずれた大作路線が少し気になっていたのだが、本作品では本来のフィールドにしっかりと立ち戻って仕事をしているあたりは、さすがケン・ローチといったところ。一貫して第3世界の人々を描いてきた足腰の強さは、本作品においても健在である。
シングル・マザーのアンジーは、職を転々とかえながら現在は人材派遣会社に落ち着いていた。ところが、上司のセクハラを邪険に扱ったせいか突如の解雇をいいわたされ、友人のローズと人材派遣会社を立ち上げることを決心する。先祖がアイルランド移民でもあるアンジーがこのまま負け犬で終わりたくないともがけばもがくほど、移民労働者を搾取・利用しなければならない状況に追い込まれる英国移民問題の現状がリアルに描かれている。
ああだこうだと文句をたれる移民労働者に対しては鬼の形相で立ち向かうアンジーが、トレーラー暮らしのポーランド青年やイランからの不法入国家族に対して、ふとした優しさをみせるシーンにほっとさせられたのもつかの間、会社が軌道に乗り生活が安定してくると、そんな彼らに対してさえ容赦のない行動をとるようになるアンジー。友人のローズにも愛想をつかされ袂を分かつものの、一人息子ジェーミーのため修羅の道を歩きつづける決意をしたアンジーを、我々は一方的に非難することができるだろうか。ケン・ローチが矛盾だらけの社会に投げかける疑問はいつもながらに手厳しい。
・「かなしい働かせ方はやめよう」
ケン・ローチの最新作です(2008年)。この映画の公式サイトに監督のインタビューが載っています。http://www.kono-jiyu.com/interview01.html
ケン・ローチ「労働者から安定雇用が奪われ、派遣業務に代わっていく変化は、私には非常に大きな出来事に思えました。雇用の変化をもたらした政治的判断に、新労働党もトーリー党も、リベラルも誰も反対しませんでした。彼らは実は自由市場主義者です。彼らは変化を望んだのです。それは近代化と呼ばれ、自然の成りゆきだと言われます。ですが私が見たところ、実際にはそれは、ある一定の階級の意向にしか過ぎません。私たちはそれを仕方のないことだと思い込まされています。でも本当は、それは仕方のないことではないんです。」
ロンドンの「下流」労働者であるアンジー。セクハラに腹を立て会社を離れ、これ以上誰かに搾取されるのは嫌だわと自力で人材派遣業を始める。だめな夫とは別れて息子ジェイミーを一人で育てなくてはならず、ジェイミーはいつも家にいないアンジーに内心不満を持っているのか、学校では問題を起こしがち。
そのうち正規の移民を働かせるより、不法移民を働かせるほうが「派遣業者は儲かる」と入れ知恵される。派遣先の工場主「正規の移民より不法移民のほうがいつもおどおどして、命令に従順で、よく働くんだ。最低賃金以下でも、文句を言わない。だから工場主は不法移民のほうがありがたい」(しかしこのおっさん映画通して一番怖いキャラ・・・)。
最初は不法移民を働かせるという犯罪に拒絶感を示すアンジー。しかしいかに儲かるかを実感すると、どんどん変化していく。
アンジーは知らない間に大勢の恨みを買うようになる。多くは自分が搾取し捨てた労働者だ。道路で暴漢に襲われて顔を殴られ、大けがした直後も「ローズ!」と叫んでいた。アンジーにとって、ルームメイトで共同経営者のローズの存在は大きい。だから映画全体を通して、ローズが離れていくシーンはとても重い。
ローズ「実のところ儲けすぎよ」。ローズも同じ稼ぎをもっているはずだが、アンジーが現金を目の前にしてどんどん変わっていくのに対して、ローズは手段を選ばないアンジーについていけなくなる。ウクライナまで行って不法移民を連れてきてイギリス国内で働かせ、上前をはねるようになり・・・という自分たちのやり方をアンジーは肯定する。「だって自由な世界だもの」ローズ「貧しい人からさらに搾取するようなやり方が?」アンジー「皆やってるわ」ローズ「あなたとはこれきりよ」と車から降りて振り向かず歩き去るシーンが印象的。
イギリスの不法移民と派遣業というこれ以上ないくらいcatchyなテーマだが、ちょっと考えてしまった。今の世の中、必ずしも「派遣というシステムが消えればオッケー」とは言えない。この映画を観ると、ケン・ローチは「移民労働者」イコール「不当に搾取されてるかわいそうな社会的弱者」という図式でしか問題を捕えていない気がした。不法移民の人たちも自国にいても稼げないから、搾取されるのを知っていてわんさとやってくる。しかし現状を肯定し、野放しにしておけば、この映画に出てくる不法移民の人たちは人生を棒に振ってしまう。アンジーの父親「自分の国にいれば教師や看護婦として立派に働いていたような人たちだぞ」アンジー「わたしはチャンスをあげてるのよ」という言い分は半分以上正しい。でもどんな夢もかなわない新しい環境を「チャンス」とは呼ばない。
・「安心して生きていける世の中を望む」
仕事を頸になった主人公アンジーは生活のため職業紹介所の経営を始める。なんとか軌道に乗せようと必死になるアンジーだったがいろんな問題が立ちはだかる。持ち前のエネルギーで困難を一つ一つ乗り越えるアンジーだったが、不法移民を働かせることのほうがお金になると知って一線を越えてしまう。すべては生活のため。すべては子供のため。必死になる姿が痛々しい。紹介所を一緒に立ち上げたルームメイトにも愛想を尽かされてしまう。心に焼きつくシビアな映像が観る人をハラハラさせる。
映画としてだけでも価値ある一本だけれども、背景に現実の社会的現状があることを忘れてはならない。この映画で描かれるイギリスの移民労働者受け入れ制度は外国のものだけれども、日本にも派遣切りや派遣村といったような言葉が飛び交い、そしてこの大不況で完全失業率も右肩上がり。あっさりと仕事を失う。仕事が見つからない。この現状に警鐘を鳴らさなければならない。それをこの映画は見事にやってのけていると思う。この映画を通して考えたい。働くとは何なのか。生きていく意味とは。世界が安定して、そして人々が安心して生きていける世の中が来ることを刹那に望みます。
・「人気主義、理想主義、幻想主義に風穴を空ける快作!」
他人食い物にしてでも自らの裕福さを優先していくのはこんな過酷な道だぜと指し示す。貧しさに耐えて糊口を凌ぐだけの生活を送る道もまた地獄であることは変わりないかもしれない。
ローンに追われ子供もいてとにかく目の前の金にすがるしかない主人公がどんどん堕ちていく餓鬼道。移民労働に不法就労、粉飾会計、所得隠し、脱税、賃金未払いと連鎖的に犯罪行為を重ねていくところが非常にリアル。経営もまた連続する問題解決がほとんどの仕事。
主人公のお父さんと口論するシーンのなかで「こんなことしても最後に笑うのは政治家やボス連中ばかりじゃないのか」という問い対して「消費者もいるじゃない。消費者も笑うじゃない」と主人公がいう。この中には当然我々も入る。誰もがただ安価であるという理由だけで輸入物を買い求める。食料品に始まり衣料品、住宅に使う建造物に至るまでほとんどの人がグローバルビジネスの恩恵にあずかっている。
無自覚になるなとこの映画は訴えているが搾取の連鎖などは無自覚でなければできない行為であるように感じる。ほとんどの人が主人公の親友のように「おまえは超えてはいけない線を超えている」と踏みとどまるはずだから。自覚的にそれでもやるという主人公の方が何も知らずに無邪気に買いものをしている我々より罪が軽いかも。この映画を観る前にハンサムスーツという邦画を見ていたが幻想批判をするのにも幻想を使って批判をしている。
臭いものには蓋という考え方が圧倒的に支配しているのではと思わざる得ない。ウォルマートやナイキの就労条件やマネジメントが問題になるが大きな問題として議論が吹きあがっているように見えない。自らも無関係ではない問題でも直接かかわらなければ割れ関せず。今の世の中の現実見ておまえはどうなんだ?と問われてもどうせ答え出せない問題なんだから見せんなよ!書くなよ!と日本人は思っていないだろうか。
政財界の人たちばかりやり玉にあげられるが非正規雇用員の上にあぐらかけている今の正規雇用の人たち。便利さやリーズナブルさに無自覚にあぐらをかけている消費者たち。あらゆる視点で自分を見つめ直される作品である。それでも答えはだせない。だからどうするのよ。何かしたとして何かが変えられるのか。世の中の潮流に逆らうには個人はあまりに無力すぎるぞ。結局流れに乗るしかないじゃないか。という結論にどうしても辿り着くのではないだろうか。
これを見た人たち全てがある種のモヤモヤを抱えるだろう。自分の生き方の選択を迫られた主人公と親友が車の中で仲たがいをして、それでも実行する道とそれでも実行できない道とに別れたが私はいったいどちらを選んで進むんだろうか。今も答えが出ません。
・「他人事ではない」
この映画を見終わって思ったのは、イギリスだけの話じゃない、 ということ。 日本でも派遣労働者の搾取が問題になっていて、 格差は広がる一方だ。 『闇の子供たち』では、タイの児童が貧しさのために臓器を売り、 それを先進国の金持ちが買い叩く。 つい先日も、インドネシア人看護師・介護福祉士ら101人が来日した。 「人手不足の介護現場に救世主か?」なんて持ち上げてるけど 介護に支払われる賃金では生活できなくて現場を去る日本人が 後を絶たないのに、その解決策として安く働いてくれる労働力を 輸入するって。 それでも彼らは、自分の意思で見知らぬ先進国で働くことを選んだ。 本作の中では、主に東欧の不法移民が取り上げられていて たとえ違法でもピンはねされても仕事が欲しい、 でないと生きていけないという切羽詰った現実の前では、 綺麗ごとなんて吹き飛んでしまう。 彼らの成功のチャンスを奪うことにもなるのだから。 資本主義の世界で豊かに生活するということは、誰かを踏み台に しているわけで、それは自分も例外ではない という自覚を持たなければならないのだろう。 それにしてもアンジーの暴走っぷりにはとても共感できず、 わたしならまっとうに働いて、必要最低限の生活費で 息子と暮らす道を選ぶと思う。 人間の欲望にはキリがないからこそ、なんでもありの 「この自由な世界で」どう生きていくかを問いかけてくる作品だった。
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